キルギス共和国・地図や写真。国旗と緯度経度

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キルギス共和国(キルギスタン)ビシュケク

キルギス共和国(Kyrgyzstan)
キルギス共和国(Kyrgyzstan) ビシュケク(Bishkek)
42.877034,74.600147
公用語 キルギス語(ロシア語)
面積 世界第84位
独立 ソビエト連邦より1991年8月31日
政治 議会(ジョゴルク・ケネシ)は一院制、75議席。2005年に新憲法が発布される以前、1994年10月から2005年1月までは二院制であり、上院に相当する立法議会(定数60議席)と下院に相当する国民代表議会(45議席)に分かれていた。共和制であり、国民投票により大統領を選ぶ。大統領は議会の承認に基づき首相を任命する。大統領は議会の承認があれば閣僚を任免できる。大統領が不在の場合は議会の議長が代行する。 政党の活動は自由であり、キルギスタン民主運動、キルギスタン共産主義者党、農民党など約40の政党が存在する。
備考 敦煌で南北に分かれた「シルクロード」は喀什で合流後、再び南北に分かれる。南の道はタジキスタンに向かうが、北の道はキルギスの南部を通過する。
ビジュケク近郊のトクマムの町には、バラサグン遺跡が残る。ここには砂漠を進む商隊の灯台として使われたと推定されているブラナの塔が残る。また周囲にはキルギス各地から集められた石人があり有名。
キルギス人の民族楽器は三弦のコムズが知られる。キュと呼ばれる器楽独奏曲ごとに伝説が残されており、伝統的な作法では、伝説を語った後、キュを演奏していた。


首都・ビシュケク(Bishkek)
ビシュケク大統領官邸付近・緯度経度42.877034,74.600147

首都・ビシュケク
15世紀から19世紀初めにかけて、キルギス人が当時ピシュペクと呼ばれていたこの地に進出してきた。1825年、コーカンド・ハン国が要塞を建設。
1845年からロシアの侵攻が始った。1860年、ロシア軍は一時ピシュペクを占領したが、部隊撤退後、コーカンド・ハン国が奪還した。1862年、ロシア軍はピシュペクを再び占領し、翌年、キルギス人はロシア国民に編入された。
1878年、ピシュペクは、郡都に昇格し、市の地位を得た。
 
ビシュケクホワイトハウス
42.877034,74.600147


中央広場(レーニン像)
42.876499,74.603992


ロシア教会
42.884337,74.597476